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2007年12月31日

千葉消防徒然話番外編 東京消防庁バージョン その1

東消庁の今世紀最大のミステリー??? 


千葉市TAK

>ROPPY様


こちらこそ。別にたいした知識もあるわけでもないのですが何かお役に立てることでしたら何なりとご遠慮なく協力させて下さい。
先日の昭和50年前後の京橋消防署の移築に伴う署所の玉突き移動の件につきましてちょっとだけ補足を。
実はその時に廃止になったのは八重洲出張所だけではなく、新富出張所、および、桜橋救急隊も同時に廃止になりました。
京橋署本署が銀座から白魚橋に移築されたため新管轄区分がだぶるようになったためです。
桜橋救急隊とは一体何のことだ?と、おっしゃるかもしれません。
実際は実質的に新富出張所の救急隊のことなのです。
当時の新富出張所庁舎はかなり古くて狭くてボロくてポンプ車単隊のみしか置けない状態でありましたのでわざわざ歩いてほんの数分のところに桜橋救急隊庁舎を設けたようです。
場所は現在ある東京都桜橋ポンプ場の敷地内でした。
東消庁で救急隊が独立して運用されたのはこの事例しかおそらくないと思われます。
今でこそ、各地消防局・消防本部にドクターと高規格救急車が常駐の救急センターが各地に設立されていますが先の例はそのような進歩的な話しではなかったようです。
些末な話しですいません。

お詫びにお遊びを一つ。


−−−東消庁の今世紀最大の謎。と、かけて−−−

・なぜ第4方面の42Rが欠番なのか?

・下連雀LRとは?

・新宿Rは実は41Rではなかった??

ミステリアス・・・

−−−−−−そのこころは−−−−−−

・昭和44年に東消庁に初めて永田町特別救助隊11Rが設置されて特救東京レスキューの歴史が始まりました。
空港21R、目黒31Rと順次山手線を時計回りに各方面宛1隊づつ新設されてゆきました。
そして次の41Rは野方消防署大和出張所に配置の大和特別救助隊でした。
増強は更に続き、城東71R、立川81R、 板橋51R、足立61Rと1から8の各方面全部に配置を完了しました。
その後、昭和49年に第2次増強プランとして繁華街シリーズが始まりました。
松涛32R(渋谷)、新宿42R、豊島52R (池袋)と3大繁華街をキープする部隊の配置が完了しました。
それとほぼ同時並行的に梯子特別救助隊なる部隊が整備されました。
渋谷LR、淀橋LR(後に十二社LR)、豊洲LR(後に深川LR)、下連雀LRの4隊がそれです。
梯子特別救助隊については今まであまり 正面きって報じられることがありませんでした。
私の記憶では10年位前に12チャンネルテレビ東京で東京都提供の日曜日の早朝のPR番組で深川LRの活動内容が30分番組で放送されました。
(その時には豊洲出張所は高所放水車、大型化学車、泡原液搬送車のいわゆる3点セットのベースとなっていて豊洲LRはすでに深川署本署に移動して深川LRとなっていました。)
実際に深川署管内での中高層建物火災1次出場には城東Rなどの救助車は出場いたしませんで した。
豊洲LR(後に深川LR)がすでに出場して いたからです。
もう一つは昭和52年5月13日に起きた江東区辰己1丁目で起きた新興海陸運輸倉庫火災の際、 猛烈なバックドラフトの発生で消防職員16名、民間人5名が重軽傷を負った災害時に第一線で架梯して梯上放水中の豊洲LR隊員4名が熱傷を負ったことが新聞に大きく報じられたこと位です。
このときにも災害の大きさにも かかわらず救助車は最後まで出ずじまいでした。
特に昭和60年前後から一般梯子隊員の執務服がオレンジの救助服に代わってから左腕のセントバーナードのレスキューワッペンの有無と胸の隊名の縫い取りを見ることでしか梯子特別救助隊員と一般梯子車隊員は区別できなくなってしまいました。
梯子救助隊車の梯子車両も ちょっと見には隊名識別板も隊名標識灯も含めてLRとの区別を示すものは何もありません。
(隊名識別板、隊名標識灯には単に「渋谷L」などとしか書かれていません。)
僅かに積載されている器材の格納箱の表やサーチライトの保護カバーに「深川LR」などと書かれていることと、毎年冬になるとTVの特番で消防特集番組がいくつか放映されますがその際に映る火災・救助出場指令時に点燈される出場表示板に「渋谷LR」と書かれていることぐらいです。

さて、ようやく本題に入ってきます。
昭和52年11月に4方面に杉並43Rが新設されて4方面はR3隊体制となりました。
ところが昭和54年10月に大和41Rが廃止されて41Rは一旦欠番となってしまいましたが、
いつのまにか新宿Rが41Rに隊番号が変更されていました。
今度は42Rが欠番です。
ところがミステリアスなことに新宿Rは41Rに変更、杉並Rは42Rとなることなしに43R、42Rは欠番のままとして現在に至っております。
まことにミステリアスな話、そのものです。

繁華街シリーズ後も救助車隊は順調に増え続け、他の方面本部に第2の救助隊が新設されだしました。
芝12R、本田72R 、武蔵野82Rのグループ。
次に品川21R。
そして先程の話しの杉並43R、上野62R、
八王子83Rのグループ。
ここ5〜6年間位に設立された世田谷33R、練馬53R、江戸川73R、町田84Rのグループ。
(9方面新設にともない、八王子83Rは91Rに、 町田84Rは92Rに後に変更)
最も最近では一昨年にとうとう深川LRも74Rとなり7方面本部には4隊もの救助車隊ができあがった。
おそらく2方面HR、8方面HRに続いて新たな方面HRの設立のための布石なのではないかと思われます。
そして梯子特別救助隊はいよいよ渋谷LRを残すのみとなりました。
松涛32Rは渋谷署本署に移動して渋谷32Rとなり、現在渋谷LRと同居しています。間もなくLR制度は消えるのではないでしょうか。

(渋谷LRは平成6年4月に廃止になってLRはすべて消えました。:筆者注)

(42Rが欠番になってしまったわけは後にebara71さんのご指摘で42は「しに」、つまり「死に」に通じるので救助隊にとってふさわしくないからだと判明しました。
他にも9方面の94Rは欠番で多摩Rは95Rです。:筆者注)

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投稿日:1998年09月13日 Rescue119さんのBBSに書き込み
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投稿者 taksoho : 2007年12月31日 05:41

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